« 明日からは | トップページ | 情報をお願い致します »

2011年3月12日 (土)

卒業式 その時大震災

皆様へ ご心配ご連絡有り難うございます 深夜無事に自宅へ戻る事が出来ました 
そして連絡のとれなかった父も無事でした
皆様へのご返信が遅くなったのは 電話回線が普通の為で申し訳ございませんでした
電話回線が今でも込み合う状況ですので 携帯でのメール、電話は控えております

今回、本当に生徒全体にけが人も無く 不幸中の幸いでしたが
もう忘れる事の出来ないかわいそうで残念な卒業式になってしまいました
卒業生の皆 頑張って下さいよ 被災地出身の生徒へ 落ち着いて下さい
何か有れば学校はいつでも開いてます 必ず相談しにきて下さい 一人で悩まないで下さい

これより卒業式開催中に起きた震災にて
10日より舞浜にて卒業式仕込み11日卒業式でした
宮城県沖での3〜4日前からの群発地震 心のどこかにはひょっとして が 
あるかもしれない 10日の朝、会場入りする前ですが、
6時半ころかなり大きな横ゆれを岩槻インター付近で感じました 
信号待ちだったのですがすぐに感じました かなり大きな横揺れです
会場にて 
2年生の卒業式は毎年、1年生が必ず音響にスタッフとして参加します
電車が遅れればスタッフが集まれませんが
7時半過ぎ搬入口では 1年生が笑顔でいました
 2000人の卒業生です
すべてを音響でカバーするには 大規模な音響システムを使用します
高さ4.5m 幅60センチの鉄骨のフレームと約700キロのスピーカーで
床より高い位置へフライングするシステムです 会場エリアをカバーします
それと 謝恩会会場の小規模な音響セットが3カ所
仕込みは順調です 大規模な音響システムは重量もあり頑丈です
新潟の震災も経験している道具チームの鉄骨です
この日は式典会場は午前中には終了午後にリハーサルを行いました
午後謝恩会会場を仕込みます
僕は1年生スタッフ4人まいもん、むーらー、山根、新田、と東京湾が見える宴会場へ 
東京湾がとてもきれいに見えます 学生も雰囲気に喜んでいました
会場には120名の卒業生が謝恩会を行います
スピーカーでエリアカバーを考えると人の頭を越える高さへ設定しなければなりません
勿論安全第一に セッティング、チューニングを終えて 会場を後にしようとしましたが
スピーカーの高さが気になったので 高さを一番低い状態に戻して帰る事にしました
この時、地震が気になっていましたので 生徒に適切な対応を教えました 
3人で対応する事 です
20時半リハサールも終わり夜はホテルへ スタッフ全員でミーティングをかねて
食事へ 食事しながらいろんな話が その時偶然にも地震のはなしで盛り上がりました

震災当日、朝7時半よりセッティング、リハーサル、
10時式典開始、無事12時過ぎに式典終了、午後は謝恩会です
卒業生が考えたアトラクションが各謝恩会会場で行われます
我々、舞台に関わるコースの生徒も同じです 
講師陣もとても楽しみにしているアトラクションです
各コースのアトラクションも終わり、我々の出番がもうすぐに迫りましたので
各会場に散っている講師陣が我々の謝恩会会場に集まります
14時10分です 若干時間は押していますが いよいよ次は我々の教え子達が
舞台へ上がろうとした時です 

建物が大きくゆっくりと横揺れを起こしています
音響講師、音響現地スタッフが揺れてきたね
印象では2分くらいで震度3位だと感じました 
しかしその直後、振幅が大きくなり我々は各スピーカーの鉄骨を支えます
全ての加重を考えるとかなりの重量です
巨大な音響システムの揺れはとてつもなく大きい力で揺れます
生徒の動揺を押さえつつ避難も考えます 大人8人必死です 
5分以上の揺れが収まりました 会場は騒然です
冷静な判断を行う様にアナウンスが開始されますが 
このときさらに地震が襲いますもう、ここからは揺れが止まっていない状況です
パニック状況に陥りそうです 
照明、スピーカー、壁、食器とものすごい衝撃を受けています
落ち着くまで もう何も出来ませんでした 
もう支えられないかもしれない 最悪な事も考えます 
あきらめて避難を考えようと指示が出ました 数回同じ地震が襲います
揺れが収まった一瞬に フライングのスピーカーを降ろし
同時に各会場を見回り、イベント用のスピーカーも降ろします 
東京湾がみえる会場へ 生徒4人は、適切な判断で無事スピーカーを降ろしていました
後は、階段で野屋外へ避難をさせます 外はかなりの冷え込みに冷たい風が吹いています
卒業に関わるもの ホテルの従業員もすべて避難です 
生徒の確認、集合場所のアナウンス その間には同じ規模の振幅が止まりません
舞浜は埋め立てです 想像以上に揺れました ワゴンは動き、パテーションは転倒
生け花も倒れ、食器も落下しています
それも1階のフロアーがあれだけ揺れたのですから今でも恐怖が残ります
ディズニーランドの駐車場は液状化、周辺も液状化です 街灯も倒れいました
ホテルは若干の隆起なのでしょうか 路面に大きな亀裂あったり 
1時間後には 津波だったのでしょうか 堤防沿いを波が当たって行きます
正面に見える海ほたるの右手は市原です 真っ黒な煙が無数みえます
2時間後には我々大人だけでバラシ始めました 
学生等は交通網、余震の影響で会場から出れません これからどうするのか
学校の指示を待つのみです 表情にも疲労が現れています かわいそうでなりませんでした
我々が全ての機材を積み込み終えた18時半 
この頃、学校葛西、西葛西付近に自宅の有る物は
1時間半かけて徒歩で学生を誘導する事になりました
我々はその後、機材車両で学校へ移動、機材を降ろし21過ぎに解散
車両3台で各々自宅に向かう帰宅する事となりました 
帰宅途中は 帰宅難民で歩道があふれています コンビニは休憩施設に 
ファミレスは宿泊施設に 都心に集中の社会です 
荒川、江戸川の橋は帰宅難民の人々であふれています
今後あり得る東京の震災
これ以上に、最悪なシナリオに書き換えられてしまったのかもしれません


この度の震災にて被災されました皆様へ
心よりお見舞いを申し上げます
QUADRA MIX SOUND DESIGN  熱田


|

« 明日からは | トップページ | 情報をお願い致します »

震災」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 卒業式 その時大震災:

« 明日からは | トップページ | 情報をお願い致します »